休職を取るに至るまで(動機)

今回は、筆者が休職に至る際、どのような精神状態で、どのような生活を送っていたか。ここまでなると休職が視野に入るんだなってことを記事にします。

結論を先に申すと、「取らなきゃいろんなものがダメになる」「茹でガエルになる前に茹で窯からでなきゃ」この二つです。これが筆者なりの大きな考え方。

きっかけは、もうよくわかっていません。詳しくは書けませんが、現職で7年、福祉関係の仕事をしています。常に楽な仕事ではないんですが、なんだかんだで続けてきました。お世話になった人も多いし、楽しく仕事ができた場面もありました。でも、それ以上にしんどさが優っていたのは事実です。

大きく三つ①裁量権のなさ②職員に障害者は許されない③大丈夫?無理せずにが嫌になった

①裁量権のなさ

これは、通ずる方が多いのではないでしょうか。自分のペースでできないのです。会社という組織の一員なので、組織ファーストで動かざるを得ないところは仕方ありません。でも、これがきついんです。自分で仕事の組み立てもできないし、どんな仕事が舞い込んでくるかわからない。常に不安を煽られるんです。全部会社から指示されるから、自分で考える必要がないと思う方。ざっくりした指示が投げられると、あとは相談できない状況でどうにかせざるを得ないんです。

最終的に、「どうにかした」わけなんですが、どうにかできたは頑張ったとイコールになりません。どうにかできた事実を前提に、また新たな命が下るのです。なんとかできたけど次はどうとかないんです。自分のペースなんてものはなく、工夫すればするほど仕事は増えます。福祉分野は出来高報酬ではないので、頑張れば頑張る分、よりがんばらなければならない構図ができていきました。自分で仕事の管理なんて夢のまた夢でした。不安の中、やりづらい中、頑張り続けなければいけないのです。

②職員に障害者は許されない

よく要求されるスキルがあります。①コミュニケーション能力②自分の気持ちを一度置き、上司の命に従う能力③常に建前を言葉にする能力。いわゆるものと違うかもしれませんが、私が痛感したことです。いずれも、平たく言えば「忖度」と言われるものです。嘘をつくのが苦手とか、合理主義とかそういう個々人の事情は求められていないんです。忖度力。これがないと凄まじくいづらい環境が出来上がります。仮に、相談しても常に返ってくる言葉は「努力しようよ」「君が変わらなきゃいけないんだよ」

個々の能力が発揮できる環境なんて物を用意してくれることはありませんでした。職員がアマ言ってはいけないんです。忖度が苦手?努力しろよ。そんな感じでした。職員に泣き言は許されないんです。努力しない当事者が悪いと。

③大丈夫?無理せずに。が嫌になった

大丈夫?という言葉と無理せずにねという言葉は言われています。でも、この返事には、「はい」と「大丈夫です」しか許されませんでした。「実は・・・」と返せば即「君が努力するんだよ」「周りはやってるんだから」などの連発。環境が変わったことがないのはもちろん、一言だって「そうか・・・」「なるほど・・・」と受け止められたことはありません。いよいよ、口だけの心配をする人たちとのやりとりが嫌になりました。どうせ傷つくのなら、黙っていよう。辛いけど、もっと辛い思いをするよりはマシ。そう思うようになりました。

こんなやりとりがつづくこと7年。厳密には、ここ3年ほどで顕著になりました。コロナ禍というのもあったのでしょうか。ここ最近では、明らかに物忘れが増えたり、仕事効率が落ちていました。プライベートでも、引っ越しの支度がまるでできない、旅行も楽しめない、いろんな人に迷惑をかけている始末。

このままではいけない。このままでは、自分も、自分に関わる人も全て不幸になる。されるがまま潰される前に、自力で今を抜け出そう。

これが、筆者が休職を取る決意をした経緯です。公開できる情報に限りがあるのでチグハグな部分もありますが、いずれもっと丁寧に修正していきます。

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