非モテ陰キャチー牛、地獄のクリスマスの思い出

12月13日。もうクリスマスが近いです。今回の記事は、筆者が陰キャチー牛(平たく言えばモテない根暗ブ男のこと)ゆえに苦しんだ、20代の頃のお話です。10代もです。

最後にクリスマスを楽しんだのはいつだったでしょうか。おそらく、小学生くらいだったと思います。当時は自分で買うことの難しいゲーム機、あるいはソフトを買ってもらったりして喜んでいた思い出があります。インコも飼い始めたような。シンプルに、モノに釣られていた時代です。クリスマスに驚き、そのゲームで次の日友達と遊ぶ。その友達も新しいゲームソフト片手に、楽しかったものです。

中高生の頃は、イマイチクリスマスの思い出がありませんが、特に気にもしていませんでした。朱に交われば赤くなると言いますか、陰キャの友達は陰キャばかりでした。勉強、ゲーム、バイト、部活。地獄かというと、そうでもなかったような。おそらく、地獄の始まりは大学進学以後でした。

筆者は4年制大学に進学しました。モンスターハンターのせいで、ロクに受験勉強もせずFラン大学へ。高校生の頃は、部活や受験勉強(の雰囲気)でそれどころではなかったのですが、大学生活は暇なモノ。周りに浮ついた奴が出始める時期でもありました。

これはクリスマスに限った話ではないのですが、大学に入ってよくあるトークは、恋愛歴について。筆者には全くありませんでした。というか、今までロクに女子と喋ったことすらないのです。幸い、今までの生活で、数は少ないものの、友達には恵まれていました。いずれも同性の友達ですが、それで今まで来てしまったのです。

しかし、18歳を過ぎると、気づいたら恋愛歴がゼロというのが少数派となっていたのです。彼女もいなければ、当然その後の経験もないわけです。学校がうわついていたのかもしれませんが、舞うは悲鳴、驚きの災禍の嵐。この辺でしょうか。いつの間に非モテ陰キャの烙印が押されているわけです。チーズカーフ(牛)ブランディング。

どうしても異性の知り合いと親密になれない。恋愛歴がなく、自分に自信が持てないのもありました。おまけに、モテないやつに相手してくれる人なんていないわけです。モテるやつはさらにモテて、モテないやつは生ごみを見る眼差しと切り刻まれる自尊心。一発逆転でモテるなんてことはありませんでした。気づいたら二十歳でした。

今でも明確に覚えています。彼女はいないけど、同じようなやつはきっといる。クリスマスに友達を遊びに誘うも、あろうことか、当時の筆者の友達はクリスマスは彼女と過ごすことになっていたのです。

初の絶望でした。仕方なくバイトを入れて、「まぁこういう時期だからねー!別に一人でやるわけじゃないし」と自分に言い聞かせるわけです。当時のバイトはコンビニ。一緒に組んでいたのは女子高生。もともとその子に彼氏がいるというのは知っていたので、聞いてみたんです。

「クリスマスって彼氏と会わねえの?」

今思い返すとキモムーブそのものでした。この辺が非モテ陰キャたる所以。なお、答えは

「別にクリスマス当日に会わなくてもいいかなーって」

これが彼氏(彼女)持ちの余裕、王者の風格でした。余裕ある者のみに発することの許される言葉。筆者には放つこともできなければ、それを心から自覚することもできないわけです。

翌年も筆者には彼女はいません。この頃になると、キラッキラのイルミネーションを見るだけで地獄になります。もうイルミネーションがトラウマでした。テレビをつければ、二言目にはクリスマス。家族、友人、複数人で歩いている映像を流されるたびに筆者の心臓をデザインナイフで切り付けられるわけです。「良純さん、クリスマスのご予定は?」「もちろん家族とですねー」幸せそうな風景を見るたびに、筆者の心には白木のクイが打たれました。

別に筆者には両親も健在ですし、友達がいないわけでもありませんでした。ただ、自分だけ彼女がいない。友達も、親にもパートナーがいるのに、自分にはいない。この劣等感がしこたまにしんどかったです。

結局、筆者が社会人になるまで、彼女ができることはありませんでした。というか、社会人になり、ようやく彼女もできるのですが、それはごくわずかな期間。非モテ所以のキモムーブが目立つのでしょう。長続きしませんでした。

社会人生活。年を重ねれば重ねるほど、クリスマスの地獄は増します。この頃になると、一人暮らしもしていました。一人で過ごす世間的に特別な時間が心底地獄でした。ディズニーなんてものは論外です。近づくだけで、ハリーポッターに触れるクィレル先生のように体が拒否反応を起こすわけです。山下達郎とマイケルジャクソンと竹内まりやを人類の敵とみなすほど人間性のスレた時期でした。

クルシミマスが今年もやってくる 楽しかった出来事を 消し去るように

さぁ(練)炭火を焚いたら (あの世へ)出かけよう

↑当時自分で歌っていた地獄の歌↑

25歳のころ。この頃が思えば最悪の時期だったと思います。クリスマスは相手も予定もないのに休み。言い訳もできない。かといって神々しい外の空気とカップル家族連れをみた瞬間、筆者は泡になって消えてしまします。家から出ることもできないので、事前に買っておいたフライドチキンとビール、ケーキを床に置いて、一人で乾杯するわけです。乾杯というかヤケ酒です。耐え難い苦しみです。酒はもう、北斗の拳でトキがくれる薬と同じでした。

その後もしばらく、ケーキとチキンを目前に、泣きながらうずくまっていた覚えがあります。

荒んでいました。ストロングゼロを4本ほど飲み、ポアした脳みそ。最終的には、リーガルハイの某シーンのごとく、毛布をかぶり部屋の隅でウルトラ怪獣を登場順に羅列していました。リーガルハイと違って、見る人はいません。孤独のクリスマスが地獄すぎて、もう壊れていました。

今考えれば、筆者は孤独ではありませんでした。周りの持っていないものを持っている筆者でありました。しかし、筆者が心から求めているものは手に入らない。他人がどれほど認めても、自分で認めなけれな意味がないんです。爆轟くんの言っている意味がしこたまよくわかります。

そんな暮らしを克服した今であれば、笑い話・・・というか笑えないキモムーブです。単純に書いてて引いています。ただ、筆者のように考えている方のもとに、似た悩みの人間はいるというのが伝わってくれればと思います。非モテのクリスマスは孤独です。友達がとか家族がとかいう話ではないのです。

今日もモテない者たちに、献杯。

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